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「NISAで投資を始めたけれど、暴落が来たらどうしよう」
「みんなが儲かっていると聞くと、自分も乗り遅れたくなる」
「ニュースで『バブル』と言われても、何が危ないのかよく分からない」
こんにちは、多本読造です。
新NISAをきっかけに、20代・30代で投資を始める人が一気に増えました。お金と向き合うのは素晴らしいことです。でも同時に、知っておいてほしいことがあります。それは、金融危機は何度も、ほとんど同じパターンで繰り返されてきたということです。
今回解説するのは、Liaquat Ahamed(リアカット・アハメド)による『1873: The Rothschilds, the First Great Depression, and the Making of the Modern World』です。
著者のアハメドは、1929年の世界恐慌を描いた前作『Lords of Finance』でピュリッツァー賞を受賞した作家です。本書はその「前日譚」にあたる2026年の新刊で、日本語版はまだ出ていません。
テーマは、1873年に起きた史上初の世界的な金融危機です。今ではほとんど忘れられていますが、20世紀初めの人々にとって「1873年」は、私たちにとっての「1929年」や「2008年」と同じくらい有名な出来事でした。
※この記事は本の内容の紹介であり、特定の投資をすすめるものではありません。
こんな人におすすめ
- 投資を始めたばかりで、暴落やバブルの仕組みを知っておきたい
- 世界史や経済史を、ストーリーとして楽しみたい
- ニュースで見る「インフレ」「デフレ」「関税」の意味を、歴史から理解したい
この記事でわかること
- 1873年の金融危機は、どのように始まり、世界に広がったのか
- 危機そのものより大きな被害を生んだ「政策の失敗」とは
- 危機のあとに世界で起きたこと(ポピュリズム、陰謀論、保護主義)
- 現代を生きる私たちが、この歴史から学べること
動画でも解説しています
この本の内容は、アニメ動画でも要約しています。まず全体像をつかみたい方は、こちらからどうぞ。
1. 熱狂のウィーン:「今回だけは違う」
3年で株価が4倍に
物語の始まりは、1870年代初めのオーストリアの首都ウィーンです。
不動産の価格が18か月ごとに倍になり、株式市場では3年間で株価が4倍(300%上昇)になりました。新しい会社が次々と上場し、株の取引量は爆発的に増えていきます。
本書によると、投資に熱中したのは、お金に余裕のある医者や弁護士だけではありませんでした。カフェのウェイターや靴磨きの少年、さらには大公や将軍、公爵夫人とその使用人までもが、借りたお金で株を買っていたといいます。
もちろん、「これはおかしい」と警告する人もいました。それでも人々は、「今回は違う」と信じて買い続けたのです。
1873年5月9日、ブラック・フライデー
そして1873年5月9日の金曜日、ウィーンの株式市場は崩壊しました。最も値上がりしていた銀行株は、たった1日で45%も下落します。新聞はこの日を「ブラック・フライデー」と呼びました。
それでも、世界の銀行家たちは楽観的でした。「行き過ぎた市場の調整にすぎない」と考え、数週間もすると、ウィーンの暴落は一時的な出来事として片付けられてしまいます。
2. 危機は大西洋を越えて広がった
アメリカ最大の投資銀行が倒産
4か月後の1873年9月、危機は大西洋を越えてアメリカに飛び火します。
当時のアメリカで最も有名な投資銀行、ジェイ・クック社が、鉄道への融資で資金繰りに行き詰まりました。創業者は最後まで「一時的に資金が足りないだけで、会社は健全だ」と言い張りましたが、誰も信じませんでした。数日後、会社は倒産します。
この1社の倒産で、投資家の心理は一変しました。人々が一斉に現金を引き出そうとして銀行に殺到し、ニューヨーク証券取引所は前例のない10日間の取引停止に追い込まれます。
本当の震源地は「鉄道の債券」
本書が強調するのは、危機の本当の中心が株ではなく「鉄道の債券」だったことです。
当時のアメリカは鉄道建設ブームの真っ只中で、ヨーロッパの投資家も鉄道の債券を大量に買っていました。ところがその後5年間で、ニューヨーク証券取引所に上場していた鉄道債券の半分以上が返済不能(デフォルト)になります。
世界中に連鎖した危機
アメリカの危機は、再びヨーロッパに戻ってきます。ベルリンやアムステルダムでも株が売られ、ウィーンも再び暴落しました。
さらに影響は、お金を借りていた新興国にも広がります。世界の金融の中心だったロンドンの銀行が貸し出しを80%も減らしたため、借金の返済ができなくなった国が次々と現れました。
- 15の国が、合計20億ドル以上の借金の利払いを停止
- オスマン帝国(現在のトルコ)のスルタンは失脚し、その直後に謎の死を遂げる
- エジプトはイギリスに占領され、事実上の植民地になる
一つの都市のバブル崩壊が、ドミノ倒しのように世界中を巻き込んでいったのです。
3. 危機より大きな被害を生んだ「政策の失敗」
実は、景気の落ち込みは小さかった
意外なことに、本書によると、1873年の危機が実体経済に与えた直接の影響は、それほど大きくありませんでした。最も打撃を受けたアメリカでも、工業生産の落ち込みは6%ほど。ドイツやイギリス、フランスでは、工業生産はほとんど減りませんでした。
それなのに、なぜ「1873年」は、その後20年以上続く不況の始まりとして記憶されたのでしょうか。
「銀」を捨てるという大失敗
著者の答えは、各国政府が同じ時期に犯した「通貨制度の失敗」です。
当時、お金の価値は「金(ゴールド)」と「銀(シルバー)」の2つで支えられていました。ところが、普仏戦争に勝ったドイツが、ライバルのフランスを揺さぶるために、手持ちの銀を大量に売り始めます。
これをきっかけに、ヨーロッパ大陸のすべての国が次々と銀をお金の裏付けから外し、アメリカも同じ時期に銀貨の使用をやめてしまいました。世界のお金の裏付けの半分が、突然消えてしまったのです。
25年続いたデフレ
その結果、世界は深刻なデフレ(物価の下落)に見舞われます。
- 6年間で、世界の物価が20〜25%下落
- 1890年代半ばまでに、物価全体は3分の1、卸売物価は半分以上も下落
ノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンは、このデフレのほとんどが「銀を捨てた」という一つの判断ミスで説明できると考えていたそうです。
デフレで得をした人、損をした人
物価が下がると、生活は楽になりそうに思えます。実際、給料をもらう人や預金をしている人にとっては、良い面もありました。
しかし、借金を抱えた人にとっては悲劇でした。物価が下がると、借金の重さは実質的に増えていくからです。
| 立場 | デフレの影響 |
|---|---|
| お金を借りている人(農家・経営者) | 収入が減るのに借金は減らず、実質的な負担が増える |
| お金を貸している人(銀行家・投資家) | 貸したお金の価値が上がり、思わぬ利益を得る |
危機を招いた張本人とも言える銀行家たちが、危機のあとに一番得をする。この構図が、世界中の人々の怒りに火をつけていきます。
4. 危機のあとに世界で起きたこと
本書の後半は、経済の混乱が政治と社会をどう変えていったかを描いています。
政治の分断とポピュリズム
アメリカでは、与党の共和党が1874年の中間選挙で大敗します。1876年の大統領選挙は、裏取引によってかろうじて決着しましたが、その取引が南部の人種隔離政策につながっていったと本書は指摘します。
陰謀論の拡散
危機のあと、「実は外国の銀行家が裏で議会を買収していた」という陰謀論が広がりました。本書によると、その話はまったくの作り話でした。それでも、陰謀論を広めた本はベストセラーになり、多くの人に信じられていきます。
ヨーロッパでは、株で財産を失った人々の怒りがユダヤ人に向けられ、反ユダヤ主義が広がっていきました。
保護主義と関税戦争
物価の下落に苦しむ国々は、自国の産業を守るために関税を引き上げます。ドイツやフランスは穀物に30〜40%の関税をかけ、アメリカは輸入品の関税を50%まで上げました。報復が報復を呼び、各地で「関税戦争」が起きます。
危機の終わり
この長いデフレを終わらせたのは、政策ではなく「偶然」でした。1886年、南アフリカで世界最大の金鉱脈が見つかり、金の産出量が大きく増えたことで、ようやく物価は上がり始めたのです。
5. 現代を生きる私たちが学べること
読みながら何度も驚いたのは、150年前の出来事なのに、まるで今のニュースを読んでいるようだということです。不動産バブル、借金での投資、甘い融資、国境を越える危機の連鎖、関税の応酬、そして社会の分断。
20〜30代の私たちが、この歴史から学べることを4つにまとめます。
① 「今回は違う」と思ったら、立ち止まる
1873年のウィーンでも、1929年のニューヨークでも、2008年のアメリカでも、人々は「今回は違う」と信じていました。周りのみんなが儲かっていて、自分も乗り遅れたくないと感じたときこそ、一度立ち止まるサインです。
② 借金をして投資することの怖さを知る
ウィーンの熱狂を支えたのは、借りたお金での投資でした。値上がりしているうちは利益が大きくなりますが、暴落すれば損失も一気に膨らみます。
③ 危機のときほど、情報の出どころを確かめる
経済が混乱すると、分かりやすい「犯人」を名指しする陰謀論が広がります。1873年の陰謀論も、作り話なのにベストセラーになりました。SNSで不安をあおる情報を見たときは、誰が、何を根拠に言っているのかを確かめる習慣を持ちましょう。
④ 銀行家も「みんなと同じように」熱狂する
当時の金融ジャーナリストは、「銀行家は危機を見抜けるほど賢くはない。周りが熱狂すれば、彼らも一緒に熱狂する」と書いています。専門家の言葉だからといって、うのみにしないことも大切です。
今日からできる1つのこと
自分が持っている投資や、これから始めようとしている投資について、「もし明日、半分の価値になったらどうなるか」を一度だけ想像してみてください。
それでも生活が困らないか、慌てて売らずにいられるか。この問いに答えられる範囲でお金と向き合うことが、歴史の教訓を自分の生活に活かす第一歩です。
まとめ
『1873』は、忘れられた「最初の世界恐慌」を、ロスチャイルド家を軸にした壮大な物語として描いた一冊です。
- ウィーンの不動産・株バブルの崩壊から、危機は世界中に連鎖した
- 景気の落ち込み自体は小さかったが、各国が銀を捨てたことで25年に及ぶデフレが起きた
- デフレは借りている人から貸している人へ富を移し、ポピュリズムや陰謀論、保護主義を生んだ
- 150年前の危機には、現代の金融危機と驚くほど共通点が多い
英語の本ですが、経済の専門書ではなく、人物のドラマを中心にした歴史物語として書かれているので、読み物として楽しめます。投資を始めた今だからこそ、ぜひ手に取ってみてください。
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著者の前作で、ピュリッツァー賞を受賞した『Lords of Finance』です。1929年の世界恐慌を、4人の中央銀行総裁の視点から描いています。本書を読んだあとに読むと、「1873年」と「1929年」のつながりがよく分かります。
金融危機の歴史を800年分のデータで分析した『国家は破綻する』も、本書と一緒に読みたい一冊です。原題は『This Time Is Different(今回は違う)』。まさに本書のテーマそのものです。
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