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はじめに:怒りのメール3通
腹を立てて、怒りのメールを3通続けて送ってしまう。送り主は、なんと敵同士をつなぐ「対立のプロ」でした。
今回は『敵とのコラボレーション』を紹介します。アダム・カヘン著、英治出版から2018年に出た邦訳です。じつは冒頭のメールの主は、この著者自身です。
本はこう言います。賛成も、好意も、信頼もなくても、一緒に前へ進む道はある。
先に結論
- ぶつかっていい、でも切らない。言うべきことを言い、関わりも手放さない。この二つを呼吸のように交互に
- 全員の合意を待たず、小さく試す。川底の石を足で探りながら渡るように
- 3つ目は後半で。ヒントは「ハムオムレツ」、ニワトリとブタの話です
第一の話:敵化症候群
2015年11月、著者はある国の代表33人が集まる場で進行役をしていました。最終日、主催チームの一部が著者の仕事ぶりを批判する文書を内輪で回します。著者は腹を立て、反論のメールを3通送りました。
本はこれを「敵化」と呼びます。相手を問題の原因、自分を傷つける者だと決めつけることです。
敵化は気持ちがいいものです。自分は悪くないと安心できるからです。しかし本によれば、現実がぼやけ、対立は大きくなり、解決の余地が狭まります。
調べてみた:3人に1人の悩みは「人」
厚生労働省の令和7年の労働安全衛生調査を見てみました。
| 項目 | 割合 |
|---|---|
| 仕事で強い不安・悩み・ストレスがある人 | 67.5% |
| そのうち「対人関係(セクハラ・パワハラ含む)」を挙げた人 | 32.9%(前年26.1%) |
ストレスを抱える人の約3人に1人が「人」で悩んでいます。
もう一つ、心理学の研究をまとめた分析があります。38か国・515件の研究のうち94%で、立場の違う集団どうしの接触が多いほど偏見が少ない、という関係が見られました。効いたのは、不安が下がることと相手の立場に立つことでした。ただし本は「いつでも協力せよ」とは言いません。
第二の話:協働は4つの選択肢の一つ
本はこう言います。協働は、いくつかある道の一つにすぎない。選択肢は「協働」「強制」「適応」「離脱」の4つです。
会社なら、部長の力で押し切るのが強制、黙って従うのが適応、異動願いが離脱です。選ぶ目安は力の釣り合いで、どちらも相手を押し切れないとき、協働の出番になります。
来年も同じ部署で顔を合わせる相手ほど協働の出番、とじいは見ます。
第三の話:モン・フルー、敵同士が同じ机に
1991年、著者はロンドンの石油会社で未来のシナリオを作っていました。アパルトヘイト終結への交渉が始まった南アフリカで、著者のもとに、黒人も白人も、反体制派も体制側も集まりました。これが「モン・フルー」の取り組みです。
本によれば、4回の週末を重ねて話し合い、国の移行に貢献しました。著者はのちに現地へ移り住みます。
第四の話:「合意」と「コントロール」の幻想
まず全員で合意し、計画どおりに皆を動かす。本はこれを従来型と呼び、通用するのは単純で思い通りに動く場面だけだと言います。
反対の例がコロンビアです。1996年、のちの大統領サントスの会合で、ある市議会議員が民兵の指揮官を見て「5回も殺そうとした男と座れというのか」と言いました。答えは「だからこそ、6回目が起こらないように座ってほしい」。
このチームは最善の道で合意せず、四つの未来の筋書きをそのまま国民に示しました。筋書きは20年以上、国の話し合いの物差しになり、サントスは2016年にノーベル平和賞を受けました。
第五の話:力と愛を呼吸のように
本は三つの「ストレッチ」を出します。一つ目は、対立とつながりの両方を抱えること。
自分を通そうとする「力」と、離れたものをつなごうとする「愛」。コツは同時ではなく、呼吸のように交互に行うことです。合わせすぎて自分を曲げていると感じたら主張へ、押しすぎて反発が出たら関わりへ。
じいの見方では、飲み込んだ不満は消えず、陰口や不機嫌になって漏れます。
第六の話:川底の石とピレネーの地図
二つ目のストレッチは、進む道を実験することです。一歩進んで様子を見て、また一歩。川底の石を探りながら川を渡る進み方です。計画は、合わなくなったら変えればいいのです。
雪で迷った偵察隊が、地図を頼りに3日目に帰ってきた。ところがその地図はアルプスではなくピレネー山脈の地図だった、という話も出てきます。本も作り話だろうと断ったうえで、動いて学べば道は見つかると言います。
本の言う成功とは、賛成し合うことでも好きになることでもなく、行き詰まりを抜けて次の一歩を出すことです。
わしの昔話:試し削り
※ここからはじいの創作の思い出話で、本の内容ではありません。
町工場で図面を引いていた頃、じいは現場の職人頭と犬猿の仲でした。押し切って作った部品は組み付けで合わず、互いに相手のせいにしました。
ある日、職人頭が「一個だけ試しに削ってみるか」と言います。削ってみたら図面の無理な所が一目でわかり、向こうもじいの寸法の理由がわかりました。仲良くなったわけではありませんが、部品は通りました。いちばん変わったのは、相手ではなかったのです。
第七の話:ゲームに入る(ニワトリではなくブタ)
伏せていた三つ目の結論です。“あの人”を変えようとするほど、こじれる。問題の一部は自分。
本はこれを「ゲームに足を踏み入れる」と呼びます。観客をやめ、自分も場に入るのです。
「渋滞にはまった」より「自分も渋滞の一部だ」と考えるほうが、打つ手が見えます。そしてハムオムレツ。ニワトリは卵を出しただけですが、ブタは身を捧げています。傷つく覚悟で、自分が変わる側に回れという軽口です。
じいの見立て
賛成できる所は、合意してから動くのをやめる点です。工場でも、試し削りの一個が会議十回より話を進めました。協働を押しつけない点も誠実です。
見方が違う所もあります。本の例は国の和平など大きな場が多く、進行役や集まりという「器」があります。会社では課長と二人きりということも多く、小さな器は自分で作る工夫が要ります。また、じいなら主張は口より紙や試作に乗せます。
じい流の実践①:敵化メモと息つぎ付箋
- 敵化メモ:腹が立ったら紙を縦に三つ折りにし、左に起きたこと、真ん中に自分の決めつけ、右に相手側の理由を三つ書きます。本の練習の写しではなく、じいの工夫です
- 息つぎ付箋:会議の前に「言うこと1つ」「聞くこと1つ」の二行だけ書きます。黙りがちな人は言うことから、言い過ぎる人は聞くことから使います
じい流の実践②:小さな実験を1つ
来週、”あの人”との間で小さな実験を一つだけやります。条件は、15分で終わる、失敗しても誰も困らない、結果が目で見える、の三つです。たとえば資料の骨組みだけ先に課長に見せる。
終わったら合否ではなく「わかったこと」を一行書きます。「課長は結論から先に見たい人だった」。それが川底の石です。誰かを責めたくなったら、口に出す前に「次に自分がすることは?」とつぶやいてみてください。
“あの人”に腹が立った出来事を一つ選び、相手側の理由を三つ書き出してみてください。
読み方の注意
- 本の事例の多くは著者自身が進行役を務めたもので、成果の見方も主に著者の側から書かれています
- 協働の方法に正解は一つではなく、本も失敗例を正直に書いています
- パワハラや身の危険がある相手なら、協働より先に、離れることと相談を。本の言う「離脱」も立派な選択肢です
転職やお金、健康の大きな判断は専門家や相談窓口へ。金融商品をすすめる記事ではありません。動画の人物は汎用キャラクターで、似顔絵ではありません。
この本が合う人
- “あの人”を思い浮かべるだけで胃が重くなる人 → 第1章の「敵化」
- 異動か我慢かで迷っている人 → 第2章の「4つの選択肢」
- 会議が合意待ちで止まる人 → 第6章の「道を実験する」
- 人のせいにして疲れた人 → 第7章の「ゲームに入る」
最終章には6週間の練習も載っています。肩書きで押し切れない、たいていの会社員にこそ効く一冊です。
まとめ
本の最後には、敵は最大の師になりうる、とあります。
- ぶつかっていい、でも切らない
- 合意を待たず、小さく試す
- “あの人”を変える前に、自分からゲームに入る
- 書名:敵とのコラボレーション/副題:賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法
- 著者:アダム・カヘン/監訳:小田理一郎/訳:東出顕子/英治出版/2018年10月
- ISBN:978-4-86276-263-4
出典
- 英治出版『敵とのコラボレーション』書籍ページ https://eijipress.co.jp/products/2263
- 厚生労働省「令和7年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/r07-46-50b.html
- Pettigrew, T. F., & Tropp, L. R. (2008). How does intergroup contact reduce prejudice? Meta-analytic tests of three mediators. European Journal of Social Psychology, 38, 922-934.
※この記事は本の内容の紹介です。本の主張や事例は著者の経験と見解によるもので、すべてが確定した事実とは限りません。「わしの昔話」はじいの創作の思い出話です。
